読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

isseium's blog

田舎に住むWebエンジニアのブログ

ヤフー株式会社を退職しました

ヤフー株式会社を3月末で退職することになりました。2月28日が最終出社日でした。2010年に新卒入社し、3年間、多くの仲間と多くの経験をすることができました。

せっかくの節目なので、振り返りと今後について書きたいと思います。


少々ながいので簡単にまとめると...


いろんな経験ができました
いろんな仲間ができました
地域貢献をしたくて岩手にいきます
エンジニアをしつつ大学院に進学します
今後もよろしくおねがいします


# ぜひ岩手にお越しの際はご連絡をください!
# あ、あとよく間違えられますが、地元は「秋田」です。将来は秋田で!

http://twitter.com/isseium
http://facebook.com/isseium
カカオトーク: ikomatsu



振り返り

はじめての配属(OJT)は、オペレーション統括本部にて、地図サービスの運用を行いました。
社内でスライディングをしてくるユーモア溢れる先輩のご指導のもと運用業務の基礎を経験しました。
基本的なLinux操作しか知らなかった僕にとって、shell、 awksedperl などを駆使して効率的に運用していくのはとても刺激的でした。


本配属は、パフォーマンス広告開発部でした。組織の変遷はありましたが、今日まで2年間この部署でお世話になりました。
スポンサードサーチの大規模改修プロジェクトとインタレストマッチの大規模改修プロジェクトに1年ずつアサインされました。


スポンサードサーチの大規模改修プロジェクトではログ集計バッチ開発を担当しました。
入社当時では考えられないような長さと量のSQLを書き、ピタゴラスイッチのように流れていくデータを眺めて、わくわくしていました。
初めて本番リリースしたときは「よーし、いい子だ、よーしそのまま…」なんて感じでバッチをずっと見ていました。
諸先輩の助言をもとに、数時間かかるSQL処理を数分で終わるような改修をし、パフォーマンスチューニングの楽しさも味わいました。
SELECT文とSELECT文に挟まれる夢を見たのもこのころです。


インタレストマッチでは、広告実績を返却するレポートシステムを担当しました。
レポート要求を受け付けるAPIと高速に返却するためのバッチの保守開発をしました。
設計・テストの重要さ、処理性能や保守性を意識したプログラミングなど多くの経験を詰めました。
最近は、アドテクノロジーの業務知識もついてきて、より優れたシステムにするための開発していたのですが、中途半端な形で抜けることになり、チームの皆様には大変ご迷惑をおかけしました。この点だけが大変心残りです。

今後

4月から岩手にいきます。

理由は、地方の課題を解決して地域に貢献していくことに挑戦したいと考えたからです.
東京の生活は、地方と比べて、刺激的で、便利で、収入も高く、魅力的なところです。多くの地方出身の人が東京で生活を営んでいます。
しかし、このまま若い人が東京にでてくることを繰り返していたら「自分の生まれ育った地域や文化はどうなるのか」と疑問がでてきました。
他部署に異動するなどして、東京から地域に貢献する選択肢ももちろん考えたのですが、現地に住み同じ立場で物事を考えていきたいと思い決断しました。


岩手では、これまでと同じくエンジニアとしてお仕事をしつつも、岩手県立大学大学院ソフトウェア情報学研究科(修士)に進学する予定です。
学校は学部時代の母校です。観光情報学や農業情報学の領域の研究をしつつ、東京での経験を現役学生さんたちに伝え、皆さんとともに地域の課題解決エンジンになることを目指します。
同じ志をもった方たちとは学部時代からの付き合いで、卒業して3年たったいまでもFacebookTwitterなどでつながっていて議論などを重ねてきました。あらためて SNS というのは革命的だなと感じました。

まぁ現役学生からみたらおっさんです。現役学生の価値観を否定せず、自分の経験におごらず、サービスを生み出していけるようになりたいです。

最後に

3年間で関わった多くの方々に感謝申し上げます。一番の大きな経験は、仲間ができたことでしょうか。
東北の片田舎にしか住んだことのなかった自分にとっては、いろんな背景を持つ人とつながれたのはとても刺激的でした。

本当にありがとうございました。今後もどうぞよろしくお願いします!


最後になりましたが、ヤフーという組織はこの一年間で大きく変わりましたし、今後もますます発展していくことを確信しています。
日本と世界を爆速でリードしていってほしいと思います。